【佳作】見えない苦しみ 大玉中学校3年 杉原ひなた
見えない苦しみ
大玉中学校2年 杉原ひなた
私の友達は一年前、手首の骨を骨折しました。床に転倒した際に利き手の手首を巻き込んでしまい、全治二週間の間は利き手が使えない状況になってしまいました。日常生活でも支障をきたし、学校では先生の板書の速さに追いつけなくなったり、給料に口を運ぶ回数が減ったりするようになりました。すぐ治りますようにと願っていました。
そんなある日、骨折をした友達を前に、一人の子が「手伝わせてくれない?」と、板書を写すノートを指差して言いました。その子は次の日もまた次の日も、板書をノートに写すようになり、「何か別の事も手伝わせて。」と、手を貸すことが次第に増えていきました。ずっとそばにいる姿に心動かされ、すぐ行動に移せる行動力の高さに、私は憧れを抱いていました。骨折していた友達も支えてくれて嬉しかったであろうと思いました。
月日が経ったある日、骨折が治った友達が悠々とピアノを弾いていて、何事もなかったかのような手首を見て私は安心しました。その友達に骨折の日々について聞くと、「正直、辛かったし、利き手が使えないのは大変だった。けれど、あんなに気を使わないでほしかったかな。」と言い、私は驚きました。気を使われすぎえいるようには見えなかったからです。何気ない日常の中に、少しのサポートをしているように見えていましたが、本人にはとても支えられる様に思えたのでしょう。続けて友達は、自分一人ができることさえも先回りして行ってしまうことが、行動を制限されているようで嫌だった。口を出そうにも相手が善意の気持ちで行ってくれているから言えなかった。と、その時の心情を素直に話してくれました。
私は初め、支えられる人が、善意の行動で窮屈な思いをしているなどと考えもしませんでした。支える側は支える側の限度があり、過度な思いやりは支える側の自己満足となって終わってしまうのではないでしょうか。支える人と支えられる人と環境が揃うことでこの状況は起こります。私も支える側の人として似たような経験をしました。
それは、私が祖父の家に泊まった時のことです。夕食の準備をする際、夕食をリビングに運ぶため何回も廊下を往復したり、片付けも率先して行ったりと、いつも以上に力を入れていました。それは、祖父を休ませてあげたからです。祖父の家には肩たたき器や足をマッサージする機器があります。その量の多さに、当時の私は「休ませないと。」ときう使命感があったからだと思います。
次の日の朝、私がキッチンへ行くと祖父が一人で皿を洗っていたのです。私が真っ先に「手伝うよ。」と言うと「昨日、沢山仕事したから今日はいいよ。」と返されてしまいました。当時の私は、また疲れが溜まったらどうしよう、と不安でたまりませんでした。長生きしてもらいたかったのです。なのに無理して動こうとする祖父に疑問を浮かべてきましたが、ようやくわかったのです。祖父の気持ちが。
この時の祖父は骨折をした友達のように、孫により自分が制限がかかるのが嫌だったのではないでしょうか。また、高齢者だから、という先入観を持たないでほしかったのではないかと思いました。高齢者のイメージを思い浮かべると、大半の人が「心身がおとろえ、健康面での不安が大きい人」と考えがちになります。祖父はそういった先入観を捨て、一人の人間として接してほしかったのだと思いました。
骨折をした友達お私の祖父、この二人の共通点は、支えられる側の人であるということです。支えられると楽になる人も、立場が変われば支える側の人であり、誰もが時と変化に応じてなることがあるのです。
そして、このことを通して伝えたいことが二つあります。
一つ目は、支える側の人は支えられる側の人を解放させることが大切だということです。なんでも「私がやった方が良い」という気持ちで行動するのではなく、本人ができそうなことは任せておくのが良いと思います。善意が自己満足だけで終わらせないことで、相手にとっても良い支えとなるのです。
二つ目は、思い込みや先入観に捉われないことです。前述の二人に限った話ではありません。「たぶん、そうなんだろう。」という言葉は思い込みに当たるのです。思い込みや先入観は、実際に触れ確かめることで初めて、確信へと変わると思います。
一歩を踏み出すために、その考え方を辞めてみることが大切かもしれません。
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