【佳作】人を傷つけたこと 大玉中学校1年 伊藤愛陸
人を傷つけたこと
大玉中学校1年 伊藤愛陸
テレビや新聞で、いじめのニュースを目にすることがあります。僕はいつも、そんなニュースを見たとき、「なんでこんなことをするんだろう、かわいそうだな」、その他人事のように思っていました。
僕が小学校のとき、軽い冗談で遊んでいると思ってやっていたことが、結果的にある友達に嫌な思いをさせ、その友達の気持ちを傷つけてしまったという経験をしました。僕はそのことで、後悔と反省の気持ちでいっぱいになりました。僕が、遊びのほんの軽い気持ちでいたから、「友達も遊びだと思っているはずだ」と自分勝手に考え、相手の気持ちを考えられない自分のことを、とてもはずかしく思いました。
ニュースなどで、いじめられていた人が不登校になったり、自殺に追い込まれたりしているということを、他人事だと思っていた部分がありました。でも、小学校の先生に「一人一人の気持ちや考え方、言葉のとらえ方は違うこと。僕自身の一方的な考え方は、どんなに中の良い友達だとしても、言って良いことと悪いこと、やって良いことと悪いことの判断を間違えると、それらが行動や言葉の凶器となって相手を傷つけてしまうことがあること。」そう注意をさせました。その話を受けて、自分が無意識のうちに、言葉で相手に暴力を振るっていたことに気付きました。幼稚園から、ずっと一緒に過ごしてきた大切な友達に、遠慮や配慮が欠けていたことに気付き、とても反省しました、
一人一人に考え方や気持ち、感情があって、とらえ方や言葉の重みは違います。「こういうことを言われたら友達はどう思って、どうとられるのか、自分が同じことを言われたら自分だったらどう思うのか。嫌な思いをすることはないか。」刃物になるような言葉を発したことで、いっしょにいる友達と離ればなれになって、二度と会話を交わさなくなる可能性だってあったかもしれません。もしそうなっていたらと考えると、今でも怖くなります。仲が良い、悪いに関係なく、僕に関わってくれるすべての人の気持ちを考えながら言葉を選んでいきたいと思った出来事でした。
そしてそれは、家族に対しても同じことだと思います。家族は毎日いっしょに過ごしているし、友達よりも仲直りがしやすくて、嫌われることをあまり心配することもないと思います。それでも、言いたいことをすべて言って、傷ついて良い理由にはなりません。親しき仲にも礼儀あり、ということわざがあるように、いかに親密な関係であっても、言葉は最低限包まないと、いつ不和になってしまうか分かりません。言いたいことをすべて発してしまうことは、知らず知らずのうちに相手の人権を否定することにもなりかねないのです。
これからは、目の前の人たち一人一人から目を背けず、しっかりと向き合いながら、自分が言われたらどんな気持ちになるのか、自分が言われてどうも思わなかったとしても、他の人が傷つく言葉選びをしないで不愉快になる会話をしないこと。「言葉の重み」を考えて、ほんの少しでも「この場にいたくない」なんて考えるような人を自分で作らないような配慮をしていきたいです。生活している中で、そういう場面を見たり聞いたりしたときは、見て見ぬふりをするのではなく、それを止めたり、助けたりする人になりたいです。僕一人では、できることは少ないかもしれません。同じことを繰り返してしまう可能性だってあります。しかし、みんなが同じ気持ちになれば、いじめや陰口で傷ついて嫌な気持ちになる人も減っていくと思います。社会的にいじめが減れば、嫌なニュースも減り、朝から快いニュースが流れ、明るい一日を過ごせるようになるのではないでしょうか。
僕は、小学校のころ友達を傷つけてしまいました。でも、その自分がしてきたことを振り返り、二度と繰り返さないようにしっかりと胸に刻んでいきたいと思いました。また、一つ一つの言動に責任をもって、再び人を傷つけることのない日常になればいいなと思います。いじめをなくすことは無理かもしれないと思うことはあります。でも、自分ができる範囲内で、他の人が傷つく出来事を減らせると良いと思います。誰もいじめで自殺や不登校に追い込まれなくなる世の中を作っていくことが大切です。僕をはじめ、いじめをしていた人が、自分が今までしてきたことをしっかりと見つめ直し、思いやりをもって過ごせるようにな社会になると良いと思います。
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