【優秀賞】「命の選択をする仕事 畜産業」 玉井小学校6年 渡邉 凌惺

命の選択をする仕事 畜産業
 
玉井小学校六年 渡邉 凌惺
 
 ぼくの祖父の家には畜産用の黒い牛がいます。そんな牛を牛舎の外からながめていたら、牛は何を考えて生きているのだろうか、そんなことを思うようになりました。
 牛は牛舎の中で生まれます。牛の出産日になると、祖父は父を呼びます。牛の出産を人間が手伝いますが、牛に蹴飛ばされてしまうこともあるので、一人では到底できません。だから、二人がかりで出産を手伝います。牛は人間と同じく頭を最初に出します。もし、後ろ足が先に出てしまって、首やみぞおちのところが引っかかってしまうと、気道がふさがれて、死んでしまうことがあるそうです。命がけなのです。無事に出産できたときは、父も祖父もほっと胸をなでおろします。こうして生まれた仔牛は、生まれた後、一、二時間で弱々しくはありますが、一人で歩けるようになります。そしてすぐに母乳を飲みます。
 生まれてから数ヶ月経つと、母牛と仔牛は乳離れのために離されます。母牛も仔牛も悲しげに鳴きます。しかし、新しい環境に慣れてくると、あまり鳴くことはなくなるそうです。人間と同じであると感じました。
 生まれて八から十ヶ月後、仔牛たちにとって運命の分かれ目が訪れます。セリにかけられるのか、親牛になるかを決められるのです。オスは必然的にセリにかけられ、後世に残したい優秀なメスのみを残します。祖父はこの選択を迫られた時、嫌であってもビジネスマンとして選ばなくてはなりません。この選択は、畜産家の試練ともいえるかもしれません。
 残された牛は、数年経つと、立派な成牛になります。小さかった牛が、ぼくの二十倍の大きさになります、親牛となり、自分が経験した乳離れを今度は母として行い、経験します。命のバトンパスをしているのです。畜産家は、この命のバトンパスのお手伝いをさせてもらっているのです。
 畜産牛の一生は、様々な運命が重なり合う、壮大な物語のように思います。これは、人の一生に似ているのではないでしょうか。畜産家は命を扱う大切な仕事です。生かす命と殺す命を選ばなくてはなりません。大きな責任のある仕事だと僕は感じます。そのような仕事をしている祖父は、本当に強い人間であると思います。目の前のことから目を背けず、強い意志をもって行動できる人です。ぼくもそんな祖父のようになりたいと思います。