安達太良 山
「あれが阿多 多羅 山 、あの光 るのが阿武隈川 ・・・」と高村 光太郎 の詩 に詠 われている安達太良 連峰 は、那須 火山帯 に属 し、北 から鬼面 山 、箕輪 山 、鉄山 、和尚 山 など約 9キロ にわたって南北 に連 なっている複合 火山 です。大玉村 地内 では和尚 山 、前 ヶ岳 などがある。主峰 安達太良 山 は頂上 の岩石 が乳首 のように盛 り上 がっているため一名 「乳首 山 」とも呼 ばれています。
また、「安達太良 山 」の名 が付 いた由来 にまつわる伝説 も残 っています。
また、「
安達 太郎 伝説
その
また、
また、安達太良 山 は日本 に86ある活火山 の一 つで、そのうち気象庁 による常時 観測 火山 に指定 された20の山 の一 つです。このため、多量 の温泉 が湧出 し、北 には野地 、新 野地 、鷲倉 、西 には沼尻 、中 の沢 、横向 、東 には奥岳 、岳 、塩沢 などの温泉地 を形成 します。活火山 であるために噴火 、火山 ガス 、山崩 れなどによって数々 の災害 も発生 しています。また鉄 山 の下 くろがね小屋 周辺 はかつて陽日 (ゆい)温泉 といわれ、延暦 年間 に征夷大将軍 坂上田村麻呂 が東征 の折 に発見 したと伝 えられています。
文政 7年 (1824年 )8月 15日 、亥 の刻 過 ぎ(午後 10時 )、鉄山 東南部 で山崩 れが起 こり、岳 湯元 で196人 の被害者 が出 ました。湯元 の住民 、湯治客 合 わせて65人が死亡 、けが人 は131人 に及 びました。いわゆる「岳山 崩 れ」です。
明治 33年 (1900年 )7月 17日午後 6時 、沼 ノ 平 で大爆発 を起 こし、多数 の死者 を出 しました。この活動 は、同 32年 (1899年 )から始 まっており、沼 ノ 平 には硫黄 精錬所 があったため、その建物 をはじめ、従業員 が被害 にあいました。工員 や事務員 が合計 83人 いましたが、そのうち60人 は熱 灰 のため即死 し、重傷 を負 いました。逃 れた人達 も大方 はその後 絶命 したので、生存者 は3名 に過 ぎませんでした。
このときの爆発 で巨大 な噴火口 となった沼 ノ 平 では、荒々 しい山肌 がそそり立 ち現在 でも泥水 と有毒 な火山 ガス の噴出 が続 いており、この付近 は立 ち入 り禁止 となっています。
東 に広 がる勢至 平 ・僧 悟 台 には高山植物 も多 く、初夏 には天然 記念物 の「しゃくなげ」が咲 き乱 れ美 しいです。安達太良 の自然 はいつも私達 の心 を和 ませてくれています。
このときの
村内 の山 の標高
山名 | 位置 | 標高 |
安達太良山 | 玉井 | 1,700メートル |
和尚山 | 玉井 | 1,601メートル |
前ヶ岳 | 玉井 | 1,345メートル |
守谷山 | 玉井 | 794メートル |
吉丸山 | 玉井 | 601メートル |
高松山 | 玉井 | 640メートル |
大名倉山 | 玉井 | 576メートル |