天王下てんのうした八坂神社やさかじんじゃ三十六歌仙さんじゅうろっかせん絵馬えま

小野小町おののこまち「わびぬればをうきくさえてさそいみずあらばいなんとぞおもふ」

大玉村おおたまむら 有形ゆうけい文化財ぶんかざい
所在地しょざいち大玉村おおたまむら玉井たまのいあざ天王下てんのうした
指定してい月日つきひ平成へいせい26ねん12がつ22にち
 
 大玉村おおたまむら玉井たまのいあざ天王下てんのうした八坂神社やさかじんじゃは、ふる牛頭ごず天王てんのうといったが明治めいじになって八坂神社やさかじんじゃ改称かいしょうした。 牛頭ごず天王てんのう祇園精舎ぎおんしょうじゃ守護神しゅごしんで、疫病えきびょうふせかみとしての信仰しんこうがある。(『大玉村おおたまむら』より)
 境内けいだいには老松ろうしょうしげととのえられた参道さんどうは、地元じもと信仰心しんこうしんふかさがうかがえる。戦時中せんじちゅうにはとおくから千にちもうでをするひとおおかったという。
 「三十六歌仙さんじゅうろっかせん絵馬えまは、杉板すぎいたえがき、額縁がくぶちをつけ、かざ金具かなぐほどこ立派りっぱ仕上しあげてある。画家がかぶんだけ大原おおはら文林ぶんりん門下もんかであるといわれ、また、詠歌えいかしょ糠澤ぬかさわ直之なおゆきまことである。 糠澤ぬかさわ本宮もとみや出身しゅっしん幕末ばくまつわかくして仙台せんだいくすり問屋とんや奉公ほうこうし、仙台せんだいはん医官いかん江戸時代えどじだい後期こうき狂歌きょうかかい巨人きょじんといわれたせん柳亭りゅうていあやひこ師事しじし、国学こくがく和歌わかまなび、文久ぶんきゅう2ねん(1862)本宮ほんぐう帰郷ききょうし、薬種商やくしゅしょういとなんだ。 学者がくしゃとしても名高なだかく、二本松にほんまつはん安倍あべ磐根いわね親交しんこうがあった。
 絵馬えまには奉納ほうのうねんめいはないが、明治めいじ中期ちゅうきとみられる。なお、「奉納ほうのう三十六うたせん寄進きしん連名れんめい」のがく1てんともなはつ願主がんしゅ菅野かんの小十郎こじゅうろうほか8めい、さらに42めい名前なまえしるされている。
 絵馬えま彩色さいしきがよくのこ保存ほぞん状態じょうたいもよく、むら信仰しんこう文化ぶんかるうえで貴重きちょう史料しりょうである。

所在地しょざいち

福島県ふくしまけん安達郡あだちぐん大玉村おおたまむら玉井たまのいあざ天王下てんのうした

八坂神社やさかじんじゃについて

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