玉泉寺

 曹洞宗の寺院。境内には古風な鐘楼が残るが、これは戦時中軍に供出させられた梵鐘を昭和33年に復元したもの。
 大河内日向守光盛開基 利宵厳益(りしょうごんえき)和尚開山 享禄2年(1529年)。大河内日向守光盛は、三河大河内庄にいた源氏の支流で、会津芦名に仕え玉井郷を領し、玉井字舘に玉井城を築き天文年間(1532年)居城した。
 天正16年(1588年)伊達政宗が安達郡一帯を占領した際、玉井地区もその戦火から逃れる事は出来ず、この辺りは全て打ち滅ぼされた。当時の領主であった、玉井日向守もこのとき没し、その墓は玉泉寺墓地入口にある。五輪塔は古いものであり(下写真中央)、碑には「空・風・火・水・地」という文字が刻まれている。(『大玉村史』より)
 また、戊辰戦争の際、玉泉寺は野戦病院の役割を果たしていたため、傷つき死んでいった者たちの墓も会津軍、官軍ともに残っている。長州藩、吉村熊之助の墓と二本松少年隊最年少であった久保兄弟の墓がそれである。
官軍先鋒 長州藩 吉村熊之助の碑
明治戊辰11月 久保兄弟の墓
兄:久保彦次郎
弟12歳:豊三郎

所在地

福島県安達郡大玉村玉井字薄黒内
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