【佳作】 バリアフリーとユニバーサルデザイン

大玉中学校2年 鈴木 智奈津
 
 皆さんは、他の人から冷ややかな目で見られたことはありますか。反対に、他の人をそのような目で見たことはあるでしょうか。その気がなくてもそんな目で人を見たことがある人がほとんどではないでしょうか。病気の人や障がいを持っている人を、心のどこかしらで「なんだかおかしい人だな」「かわいそう」と無意識に思っているはずだと思います。
 なおかつ、自分たちは幼い頃から差別や軽蔑することはやってはいけないことだと教わっているはずです。全員が絶対に学んできているのに、いじめや差別はなくなりません。自分が意識していなくても、やっていることや言っていることに人を傷つけてしまっていることもあるのです。これは、やはり自分の心の中で相手をどこかばかにしている人が多いからだと私は思います。だから、自分たちは世界中の人たちの中にも色んなハンディキャップを持っている人もいるということを考えながら生活しなくてはいけないのです。私は先日、こんな体験をしました。友達がとても重そうな荷物を持っていたので、「重そうだね、持ってあげるよ。」と声をかけました。その子は背も自分より小さかったので、親切心から言ったつもりでした。ですが、その子は、「別にいいよ。持たなくていい。」と不機嫌そうになってしまったのです。自分が良いことだと思ってやったことが、相手の気分を害することだったことが驚きであり、同時にショックを受けました。知らず知らずの内に、皆さんは相手のことを自分より下に置いて見てはいないでしょうか。相手を下に置いているからこそ、「弱者」として視線を無意識の内に、相手に向けているのではないでしょうか。親切心や思いやりの心からやっていたことが、相手の心を傷つけていて、そのことが新しい人権侵害の一つになってしまっているのです。このことから、その人が本当に手助けが必要か、でしゃばったことをしていないかということをよく考えて行動することも大切だということ、自分の親切を人に押しつけることは本当の優しさではないことを学べました。
 人には色々なハンディキャップがある、ということから生まれたのが、バリアフリーです。バリアフリーとは、障害を持っている人が高齢者のための、生活の中の物理的障害になるものの削除を行う、という過去の反省に基づいた考え方で進化を遂げました。バリアフリーの代表的なものといえば、専用の駐車場や、階段と一緒に取り付けてあるスロープなどです。ですが、これを「障害者に対しての特別扱い」として嫌う人もいます。そんな人のために作られたのがユニバーサルデザインというものです。ユニバーサルデザインは障害者だったロナルド・メイス氏が「障害者だけの特別扱い」と嫌って、最初から多くの人に使いやすいものを作る設計手法として発明されました。思想的な相違点はありますが、この二つのものが求めていることはどちらも同じく、「ハンディキャップがある人でも使いやすいものを作る」ということなのです。
 その他のバリアフリーとユニバーサルデザインの共通点は、ソフト事業での発送です。バリアフリーとユニバーサルデザインは、それぞれがハード整備とソフト事業の二種類に分けられます。ハード整備とは、物理的に乗り物や築造物などを整備することを指し、ソフト事業は心の教育を指しています。物や施設などのハード面の整備が行われても、サービスを提供する心の優しさ、思いやりがないと本当の意味でのユニバーサルデザイン、バリアフリーにはならないのです。
 「多くの人たちに使いやすいものを作ってあげよう」というユニバーサルデザインの思想には、心の優しさや思いやりがあると思います。また、「障害者、高齢者の人たちが安全に利用できるだれもが住みよい福祉のまちづくり」を行うバリアフリーにも同じく心の優しさが含まれていると思います。この共通する「心の優しさ」の精神は、「全ての人を個人として尊重し、共に生きる人間の心」という人権的な考え方に通じているのではないかと思います。
 「本当の優しさ」というものは、すべての人を個人として尊重する、つまりだれかのことも対等の人間として見ることが大切なんだということをもっと色んな人に知ってもらいたいです。
 
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