【特選】 より良い世の中にするために

大玉中学校3年 三上 乃愛
 
 世の中には、「音のない世界で生きる人」や「真っ暗な生活で生きる人」、そして「体の自由がきかない世界で生きる人」身体に問題をかかえている人が少なくありません。
 私は通学中に何度か、車いすで坂道を上っている人を見かけたことがあります。男の人でした。顔を真っ赤にして汗でぐしょぐしょになりながら車いすで坂道を上っていました。その男の人を見て私は、小さな声で
「大変そう。がんばって。」
と言いました。すると父がこう言いました。
「もしかしたらその人は『がんばれ』って言われても嬉しくないかもしれないよ」
と。私は父の言ったことの意味がわかりませんでした。普通応援されたら誰だって嬉しいはずなのに・・・。すると父は続けて、
「『がんばれ』と言っていいのは、相手の汗と涙を苦しいほどに理解している人だけ。『がんばれ』と言っていいのは、相手と一緒に『がんばろう』としている人だけだと思うな。」
と言いました。私は、最初に父が言った言葉の意味がよくわからなかったけど、この話を聞いて少し理解が深まった気がしました。私も実際、「人の苦労も知らないで」なんて思ったりもしたことがあるけど、無責任に「がんばれ」なんて言われたら、誰だって悲しくなり腹が立つと思います。そもそも、車いすに乗っている人を見て、「大変そう」や「がんばれ」などと思うことは偏見ではないのでしょうか。障害をかかえた人にとって、特別な見方をされることは悲しいことなのだと思います。ただ、障害をかかえた人のために何かできることをしたいという気持ちや、相手の気持ちまでも考え一緒にがんばろうと応援することはとても大切なことだと思います。それが本当の応援であり、「がんばれ」なのだと思います。
 しかし最近、障害を持った方々に対する思いやりに欠けた行為を目にして悲しくなってしまうことがあります。例えば、スーパーなどには、車いすマークのついている駐車スペースがあります。入り口に近く駐車スペースの幅も広い、車いすを使用している方々に快適に利用してもらえるようにとのお店の設けた配慮です。しかし、この車いすを使用している方々のための駐車スペースに平気で車を停めている健常者を何度も見たことがあります。きっとそのせいで、一般スペースに車を停めて不便に思っている人も少なくないでしょう。また、視覚障害者の方々のために設けられている黄色い点字ブロック。その点字ブロックの通路に停められている自転車。真っ暗な暗闇の中、唯一頼ることのできる点字ブロックが自転車により急に行き止まりになってしまったら・・・。これはとても危険なことであり、視覚障害をもっている人にとっては恐ろしいことだと思います。その他にも、バスや電車で立っている障害をかかえた人に席をゆずらないことなども、障害者の方々に対する人権侵害だと思います。
 こういった、健常者による思いやりに欠ける行為を見て悲しくなる人は多いと思います。実際私もとてもいたたまれない気持ちになります。では、こういった人権侵害を少しでも減らすにはどうしたらいいのでしょうか。私は、私にできることはどんなことか考えてみました。人権侵害は、相手の気持ちを考え思いやったりすることができないから起こってしまうものです。誰もがこのことをわかっているはずなのに、実際人権侵害がなくなりません。なぜそんな当たり前のことができない人がいなくならないのでしょうか。それは、自分が障害をかかえている人とは何の関わりもない、障害者の方々を知らないからだと思います。もし、自分自身が障害者だったら障害をかかえる気持ちがわかるだろうし、身近に障害者の方がいるのならその人のために何ができるか考えるでしょう。車いすの人優先の駐車場に車を停める人、点字ブロックの上に自転車を停める人、そして障害をかかえた人に席をゆずらない人・・・。これらの人々は、自分の行いで支えられる障害者の方々がいることに気付いていないのでしょうか。自分ができることに気付いていないだけなのではないのでしょうか。
 私は、人に何かをうったえる前に自分自身で何か人のためにすることが大切だと思います。そして、全ての人々が障害をかかえた人だけではなく、お年寄りや妊婦の方々などに配慮を示し、皆が住みやすい明るい世の中になればいいと思います。
 
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