【佳作】うばわないで 小さな命を 

大山小学校 6学年 浅和 里菜 
 
 最近、ニュースを見ていると、幼い子どもがぎゃく待で亡くなってしまったというニュースが報道されています。
 私には去年、いとこの赤ちゃんができました。その時は、ものすごくうれしくて早く会いたいなと思いました。でも、いとこは予定日よりも早く未熟児で生まれてきましたが、とってもかわいかったです。未熟児なので、しばらくは入院しないといけませんでした。いとこのお母さんからメールで写真がおくられてきます。その写真は、献人くんのとても小さく、とても柔らかな手が母親の手をにぎっていて、すごくかわいかったです。七月に何度か遊びに行きました。そのたびに大きくなっていて、歌を歌ってあげるとニコニコします。泊まったときには、一緒にお風呂に入りました。あがる前に歌を歌ってと言われたので歌いました。そうするとやはり、ニコニコします。祖父の家にくるのはお盆ということで、早くお盆になってほしいなあと思いました。
 そして、やっとお盆がきました。私は、用事があって早く行けなかったけれど、用事が終わったら、まっすぐ祖父の家に行きました。すると、いとこのみんなが来ていました。私は、一番に赤ちゃんの献人くんのところに行きました。
「けんちゃん、元気だった。」
と声をかけると目を丸くして私を見ていました。
「どうしたの、そんなに目を丸くして。忘れちゃった。」
と言って手をにぎるとニコニコしながら私を見ていました。その顔は前に遊びに行った時よりも、プクプクしていました。お盆すぎまで、ずっといると聞いていたのでうれしくてたまりませんでした。祖父の家にいる時はずっと、一緒にお風呂に入ったり、一緒にねたりしていました。そうするとだんだんなれてきたのか、私が話しかけると笑ってくれました。
 この事を通して考えると、幼い子どもにぎゃく待をするなど理解できません。とてもかわいい赤ちゃんや保育園児、幼稚園児を栄養失調や暴力、置き去りにするなどどうやったらできるのか、理解できません。
 もし、そんな人がたくさんいるのだとしたら、私は許せないしその子どもがかわいそうだと思います。
 献人くんのように未熟児のような子どもの差別もいけないけれど、ぎゃく待は決していけないことだと思います。
 小さな命は、小さいけれど大切な命。とてもとても重いものだと思います。なぜ親なのに我が子を死においやるのか、私には不思議でなりません。
 もし、このような親が一人でもいるなら、今すぐやめてほしいと思いました。
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