【特選】人と人とをつなげる言葉

大玉中学校 1学年 髙橋 こころ 
 
「これが最後の転校だから。」
そう父から言われ、三年前私は、父が生まれ育ったこの村へ引っ越して来た。父の仕事の関係で、私は生まれてから何度も引っ越しを繰り返して来た。内気で自分から話し掛けることが苦手な私にとって、それは、辛くて苦しいこと、としか思えず、
「何で私ばっかり大好きな友達と別れなくちゃいけないの。お父さんのせいだ。」
と、この先の不安を怒りに変えて、家族へぶつけていた。「言ってはいけないことを言ってしまった。お父さんごめんなさい。」いつも心の中で反省していた私だが、これまで父に謝ることができなかったことを後悔している。
 転校してからの日々は、私にとって寂しさと辛さから始まる。友達関係が出来上がっているクラスに入ると、そこには、私の居場所がないように思えて、話すどころか、笑顔にすらなれなかった。しばらくすれば、仲良しの友達ができて、毎日が楽しくなるはず。これまでの転校から、辛さの先に待っている楽しさを知っていた私だが、そこまでの距離が遥か遠くに思えて、よく家族に八つ当たりをしてしまっていた。
「お母さんになんて、私の気持ちは分からない。」
自分のいら立ちをぶつけた時、母が言った言葉を今でもはっきりと覚えている。
「お母さんにだってよく分かるよ。だって、お母さんも友達いないもん。同じだよ。でも、引っ越しをしたおかげで、あなたたちがいたおかげでお母さんもたくさん友達ができたよ。ありがとう。」
私が辛い時、いつも母は私に勇気をくれる。母の言葉で頑張れる。だから私は、この最後の転校で、苦手を克服して、たくさん友達を作ろうと決心した。
 初登校の日。とても緊張した。でも妹も同じ気持ち。そして母も今日から新しい仕事が始まる。三人同じ、ピカピカの一年生。そう思ったら、今までよりも頑張れる気がした。
「にっこり笑顔でよろしくね、だよ。」
転校初日には、毎回母が笑顔で呪文を唱える。ドキドキした時、私は、何度も心の中でこの呪文を唱えた。
 クラスに入って、先生に紹介されると、すぐに一人の女の子が声を掛けてくれた。
「体操着袋は、ここに掛けるんだよ。」
うれしかった。だから私も自然に笑顔で
「ありがとう。」
と伝えた。それからも、色んな子が声を掛けてくれた。こんなにも自然に笑顔で話せたのは初めてかも知れない。「お母さんの呪文のおかげかな」そう思ったら、今までは照れくさくて素直に伝えられなかった感謝の言葉を母に伝えることもできた。
 新しい学校にもすぐに慣れて、毎日が楽しかった。しかし、クラスの中では、いくつかのグループが出来ていたため、自分の居場所が見つけられず悩む時期があった。席が近い子と話したり、声を掛けてくれる子と話したり・・・・・・・。でも、昼休みや放課後、一人になることも多く大好きな読書で気を紛らわしていた。そんなある日、私がぽつんと一人でいると、同じ合唱部の子が声を掛けてくれた。
「誰と一緒に居たらいいか分からない時ってあるよね。私もそういう時あったから・・・・・・。」
と。クラスが違うため、その子とは、ほとんど話したことがなかった。それなのに、私の気持ちを感じ取って声を掛けてくれた友達。
「何て優しい子なんだろう。」私を温かい言葉で救ってくれた友達。あれから二年経つが、今でも私の心の支えになってくれている。
 この村に来て、人権について考える機会が増えた。人権とは、人間が生きるために生来持っている権利のこと。私は、これまでの引っ越しでたくさんの人と出会ってたくさんの友達ができた。もちろん、みんなが心優しい人ばかりでなく、辛い経験もたくさんしてきた。その経験の中で学んだことは、人と人とのつながりの中で大切なものは、相手を思いやる「言葉」であるということ。私は、自分が言われていやだな、と思う言葉は使わないようにしている。だから、平気で人を傷付ける言葉を使う人が許せない。言葉の傷は、目には見えない、気付かないものだからだ。体についた傷のように、心についた傷は、簡単には治らない。だからこそ、もっと言葉の重要性について考えていく必要があると思う。
 私は、これまでの転校で、家族や友達からの温かい言葉に励まされ、勇気づけられてきた。しかし、それと同じくらい、私の言葉で誰かを助けてあげられていただろうか。
今の私に足りないものは、「あと少しの勇気」だ。友達が辛い思いをしている時、大切な友達が誰かの心ない言葉で傷ついてしまった時、勇気を出して、友達を救ってあげたい。強い心で自分の思いをはっきりと言葉で伝えられる人になりたい。

 
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