【優秀賞】女性の明るい社会へ 

大玉中学校 2学年 橋本 里依 
 
 皆さんはアレサ・フランクリンという女性を知っているだろうか。彼女はアメリカの伝説的な歌手である。私は、私の母が彼女の曲を聞いていたと言うこともあり、幼少から彼女の歌に親しんできた。中でも私が好きな曲が「リスペクト」である。この曲はどんな人種でも、一人一人をリスペクト、つまり尊重することを歌った人種差別を批判する曲である。私はこの曲に深い感銘を受け、彼女の他の曲について調べてみることにした。すると彼女はやはり人権を尊重することを呼びかける歌を数多く歌っていた。ここで私が興味を持ったのは、彼女が行ったとある活動である。その活動というのが、女性解放活動である。ここで、私は初めて女性差別というものを知った。わかりやすい例に、歴史という単語がある。歴史を英語にするとヒストリー、この意味は、ヒズ(彼の)ストーリー(物語)で、男性の話という意味で使われるヒストリー、女性は歴史上でもとても低い地位であったことがうかがえる。
 そして、女性の差別は何もアメリカに限った話ではない。むしろ、日本の方が男尊女卑が激しかったのではないかと、私は考えている。ヨーロッパの方の国々はレディーファーストという言葉があり、女性をとても大切にしていたことが分かるが、果たして日本はどうだろう。私の好きな詩人であり日本の女性解放活動の先駆者であった平塚らいてうの言葉に、『元始、女性は太陽であった。・・・真正の人であった。今、女性は月である。他によって生き、他の光によって輝く病人のような蒼白い顔の月である・・・・・・。』というものがある。この頃、まさに女性は軽視され、仕事もできず政治はもちろん選挙にも参加することを許されなかったのだ。中には、鉱山や工場で過酷な労働をしいられたのにも関わらず、男性の賃金の半分だったという事もあったらしい。それから女性が選挙と政治に参加することができる参政権と働くことを許された社会権を得たのは一九四六年、まだ一〇〇年もたっていない、つい最近の様に感じる。(ちなみにアメリカで黒人が公民権を得たのは一九六八年、同じく一〇〇年たっていない)しかし女性が権利を持ってからもしばらくは男性からは軽んじて見られていたようだ。そんな中でも女性として初めての試みにチャレンジする人々もいた。弁護士や大臣など、世間の目を気にせず、自分の信念を通しぬく芯の強さは、女性らしくて尊敬してしまう。女性が社会の一員として認められて、今年で七十二年になり、女性へ対する大きな差別や人権の侵害はなくなっていると思ってはいないだろうか。実は現在、女性へ対する差別は、形を変えて現代社会に残っている。そしてまさしくその代表的な例がセクシュアルハラスメント(セクハラ)やマタニティハラスメント(マタハラ)等の会社や社会での嫌がらせである。性的な嫌がらせはもちろんだが女性の外見やようしに対する悪口も人権の侵害となっている。気付かぬうちに他の人を傷つけていたことがある人も、そうでない人も言葉の使い方に注意しようと思えることである。他にも「女のくせに」などと女性を下に見るような発言も人権侵害になる。大事なことは、互いが互いを尊重しあう男女平等で公平な社会を築くことなのではないだろうか。
「人権」と聞いて私が一番に思い浮かべることは、アメリカの黒人問題やインドなどのアパルトヘイト制度だが、一番に目を向けるべきは自らの身近の人権問題ではないだろうか。広い世界に目を向け差別問題の解決に努めるのも大事なことだが、まずは自分の国-自分の近くの差別問題に目を向けるべきではないだろうか。
 かの詩人、平塚らいてうはこう続けている。『元始、女性は実に太陽であった。真正の人であった。今、女性は月である。他によって生き、他の光によって輝く、病人のように蒼白い顔の月である。私たちは隠されてしまった我が太陽を今や取りもどさなくてはいけない。』私の考える我が太陽とは、女性の本来の強さや美しさだ。現代の女性たちは、太陽を取り戻せているのだろうか。差別に正面から向きあい、力強く、少しずつでも立ち向かっていく、女性本来の強さ、そして時に傷ついた心を優しくいやす女性特有のしたたかさ、この二つが私が想う「我が太陽」である。
 差別には、皮肉にも長い歴史があり、そう簡単には解決できないだろう。だが、一人一人が少しずつでも取りくんでいけば、必ず解決できる問題だ。まず、一番大切なことは、女性自身が、「太陽」を取り戻すことではないだろうか。

 
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