【優秀賞】「だいじょうぶ」その言葉で 

玉井小学校 6学年 荒川 恋寧 
 
 私の周りには、優しい人たちがたくさんいます。そんなみんなに、私はいつも助けられています。
 人が人を助けるための方法はたくさんありますが、私は「言葉」が一番人を救える方法だと思います。その中でも「だいじょうぶ」という一言で私はたくさん救われてきました。
 私がまだ低学年のころの話です。私は、授業で手を挙げて発表することが苦手で、「先生に指されませんように。」と、いつも心の中で思ってにげていました。でも、ある日先生に指されてしまい、私は困ってしまいました。そんなとき、先生や近くの席の友達が「だいじょうぶだよ。」「落ち着いて。」「自信をもって。」とはげましてくれたのです。すごくはずかしくて、ドキドキしていたけれど、「だいじょうぶ」という言葉を思い出して発表することができました。私はとても安心しました。先生は、私が言ったことを黒板に書いてくれて、みんなはそれをノートに写してくれました。このうれしかった経験を、私は忘れることができません。今では、手を挙げる回数やみんなの前で発表する回数がすっかり増えました。「だいじょうぶ」という言葉が、ずっとお守りのようになっています。
 その他にも、けがをしてしまって痛いときには、友達が寄りそって「だいじょうぶ。」と声をかけてくれました。バレーボールの試合に出たときには、大事な場面でミスをしてしまった私に、チームメイトが「だいじょうぶ。次、がんばろう。」と勇気づけてくれました。
 言ってもらうばかりでなく、私自身もいろいろな人に「だいじょうぶ」という言葉をかけるようにしています。伝える相手は、なやんでいる友達、困っている一年生、仕事で疲れている家族と様々ですが、私の「だいじょうぶ」の一言で、みんながほっとした表情になってくれることがとてもうれしいです。それだけでなく、みんな「ありがとう」の言葉を返してくれます。相手をはげましたつもりが、逆に私も元気をもらうことが多いです。
 こんなにすてきな言葉のやりとりがあるにもかかわらず、言葉で人を傷つけたり、悲しませたりしてしまう出来事が後を絶ちません。いじめの問題がまさにその一つです。でも、言葉はきっと、人を悲しませるものではなくて、人を助けるためのもの、少しでも気持ちを楽にするためのものだと私は思います。だから、言葉を発するときにはよく考えなければならないし、自分の言葉にはきちんと責任をもつ必要があります。
 みなさんは、もし身近にいじめられている人がいたらどうしますか。私は、たった一言「だいじょうぶ。」と声をかけてあげられる人になりたいです。その一言があれば、悲しくてつらい状況から少しでもにげ出せると思うからです。救われる人がいると思うからです。「だいじょうぶ」の力で、みんなが前を向き、安心して生活することができる世の中にしていきたいです。

 
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