【佳作】平等とはなにか      

玉井小学校4年 小沼 怜央
 
 震災後、福島県から県外の学校に転校した人がいじめられたというニュースが後をたたない。これについてぼくはとても悲しい気持ちになった。震災でほかの県に移り住んだだけでなぜいじめられなくてはならないのだろうか。放射線を菌と言って、いじめるなんてあってはならないことだと思う。人は、みんな平等なはずなのになぜこのようなことがおこるのだろうか。そこでぼくは、平等について考えてみることにした。
 平等とは、上も下もなくみんな同じということだと思う。たとえば、友達に対していやなことを言ったり、傷つけるような言葉を言ったりすることは平等とはいえない。相手の立場に立って言葉を考えなくてはいけないと思う。なぜなら言葉は凶器のように人をきずつけることがあるからだ。ぼくは言葉にはたましいがあると思う。言葉は、時には人を喜ばせたり、時には人を傷つけたりする物だからだ。気づかないうちに人を傷つけていることがあるかもしれないということを忘れてはならない。ぼくのおばあちゃんが言っていたが、かげ口や悪口を言うと、相手を傷つけるだけでなく、自分にも返ってくるそうだ。だからぼくは、逆に友達のいいところをたくさん言ってあげるようにふだんから心がけている。そうすれば自分もいいところを言ってもらえるかもしれないし、みんながしあわせになれるからだ。
 みんながしあわせな気持ちになることこそが平等ということなのではないのだろうか。
 世の中には、いろいろな人種や国せきやしょく業や立場の人がいて、みんな生まれも育ちもちがうし、住むところや話す言葉、顔やはだの色もそれぞれちがうが、みんな平等でだれが上とかだれが下とかいうことはないと思う。大事なことはみんながそれぞれちがう人間だということを理かいして、相手の立場や環きょうを尊ちょうして、みんながしあわせな生活を送ることだと思う。ぼくはこれからもおばあちゃんから教わった言葉を忘れずに、家族や友達、ぼくのまわりにいる人を大切にし、みんながしあわせになれるように生活していきたいと思う。そして、この世の中からいじめや差別といった悲しいできごとがなくなることを心から願っている。もし、ぼくのまわりでそのようなことが起こったら、ゆうきをだしてそれはまちがっていると言ってあげたい。なぜなら、人はみんな生まれも育ちも人種も性別も関係なく、平等なのだから。
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