【佳作】忘れてはいけない感謝の気持ち 大玉中学校2年 菊地 彩菜

忘れてはいけない感謝の気持ち
大玉中学校2年 菊地 彩菜
 
 「ありがとう」
 これは、誰が言っても言われても、人から聞いても嬉しく、そして心が温かくなる言葉だと私は思っています。たった五文字で、人との心の距離がぐっと近くなる言葉は、これ以上ないと思いました。人に何かをしてもらったとき、自分を支えてくれたときなどにふと出る感謝の言葉は、いつもこの「ありがとう」です。感謝の気持ちは、生きていくうえで、忘れてはいけない大切な気持ちだと思いました。そう改めて考えるようになった理由が、二つあります。
 一つ目は、体験からです。
 私は、二年生ぐらいから習字を習っています。いつも習字を終えた後は、あいさつをします。それは、正座をし、
「先生、ありがとうございました。」
と言っておじぎをするものです。私は、小さいとき、人見知りの部分もあり、先生に対して、積極的に話すことが少し恥ずかしいと思っていました。なので、習字を終えたあとにするあいさつも今と比べると、無愛想だったと思います。あるとき、私より一学年上の先輩が、先生と楽しく話しているのを見て、私もあんなふうに話してみたいな、どんな話をしているのかなと思うようになりました。考えてみれば、書いた習字を出すたびにアドバイスをくれたり、おやつのパンを出したりしてくれる先生には、感謝をしなければいけないのに、それをできていなかった自分は生意気だったと思います。そう感じた日から、感謝の気持ちを声に出すようにしてみたら、先生も今まで以上に話しかけてくださり、知らなかったことをたくさん知る機会が増えました。この前、先生と母と私の三人で話している時、先生が、
「彩菜さんは、前より愛想が良くなった。笑顔が増えるようになった。」
と、ほめてくださいました。今では、あいさつのときも、自然な笑顔でできています。感謝の気持ちを声に出して伝えると、今まで知らなかった世界が開けるということを知りました。これからたくさんの人に会い、たくさんの迷惑をかけると思いますが、たくさん感謝の気持ち「ありがとう」を伝えて色々なことを学んでいきたいと思いました。
 二つ目は、「ありがとう」の反対の言葉を知ったときです。「ありがとう」の反対の意味の言葉は「当たり前」だそうです。それを知ったときは、なるほどなと思いました。人に何かをしてもらうのが「当たり前」ではなく、何事にも「ありがとう」という気持ちを忘れてはいけないと、そのことを知って思いました。
 地球には、恵まれない子供たちがいることを教科書やテレビで知りました。その子供たちはおなかいっぱいにご飯を食べられないと聞きます。なのに、日本は食べ物を廃棄するほど贅沢な生活を送っています。自分たちの目の前に料理ができるまで何人もの人が頑張ってくれたかを考えると、「いただきます」「ごちそう様でした」ともっと心を込めて言うべきだと思います。私自身も、今まで以上に食材・料理に感謝したいです。そして、自分だけでなく、家族や友達にも、感謝の気持ちを常に持ってもらいたいです。そのためにも、ご飯を残さない、募金をするなど、一つ一つ自分にできることを実行し、みんなに呼びかけることも努めていきたいと思いました。
 感謝の言葉「ありがとう」には、人と人の心の距離を近づける不思議な力があると私は思っています。実際に自分自身体験したように、感謝の気持ちは大切なものなのだと改めて感じました。私の妹も、昔の私のように、あまり積極的ではなく、まだ少し無愛想だと感じます。私が、変われたように妹も「ありがとう」を多く口にして、たくさんの人と関わっていくともっと楽しく生活できると思います。なので私自身も感謝の気持ちをしっかり持って、妹に伝えたいと思います。
 私は、これまでの人生の中で何百、何千人もの人にお世話になってきたと思います。そしてこれからも、たくさんの方々に支えられて生きていきます。自分が周りの人に「ありがとう」と言われるより、自分が周りに「ありがとう」と言う回数のほうが多いかもしれません。でも、自分に何かをしてくれた、自分を支えてくれたときなどは、心の底から感謝していれば、おのずと「ありがとう」という感謝の気持ちが出てきます。その気持ちを常に忘れず、これからも大切にしていきたいです。