【佳作】たった一つしかない命 玉井小学校5年 久能 蒼葉

たった一つしかない命
玉井小学校5年 久能 蒼葉
 
 私達には、決して忘れてはならない日があります。それは東日本大震災です。この日に、たくさんの人が犠牲になり、たくさんの人が行方不明になってしまいました。私は、震災の当時のことは覚えていませんが、父や母からその当時のことを聞くたびに、とてもつらくて、苦しく、大変だったということが分かりました。
 二〇一一年三月十一日、午後二時四十六分。私達は、ふだん通り生活していました。あの時間までは・・・・。いきなり大きなゆれが私達をおそいました。私は、家族と、ゆれがおさまるまで、母のうでに抱かれていたと聞いています。幸いにも、私達の住んでいる近くには海がなかったので、つなみがこなくて大丈夫でした。しかし、沿岸部では、多くの人が亡くなり、とてもつらかったと思います。家も流され
、つらかったと思います。
そして、未だに風評被害で苦しんでいる人もいます。大震災の影響で原発事故がおこり放射線がもれたことで、きけんや、うつるなどの理由でさけられている人達もいます。
「放射線がうつるからあっち行け!。」
などと言われ、これがいじめなどの原因にもなっています。これ以外にも、
「福島県の野菜や果物はきけんだ。」
などと、心ない言葉にきずつけられています。福島県産の野菜や果物はおいしいのに、福島県のことをわるく言われて、さけられて、私達、福島県民にとって、つらいことがまだまだ続いています。
 ある日、母に連れられ弟達とスーパーに行きました。買い物が終わり、ふくろづめしているとき、ぼ金箱が目に入りました。見つけた私と弟は、迷わず「チャリン」と、お金を入れました。店員さんから、
「えらいね。」
と、言われました。まだ小さかった私には、うれしい一言でしたが、今となっては、ほめられるからやるのではなく、今も苦しんでいる人達のために少しでも役に立ってもらえればと思います。
 まだまだ小さな私には、ぼ金しかできないけれど、いつかは、多くの人達を勇気づけられるような、すてきな人間になりたいです。福島県民がもっと元気になるよう、ぼ金のこと、風評被害のことを、家族や近所に、そして日本中に知らせ、一人でも多くの命と笑顔、さらに、私の大切なふるさとを、守れる人間に私はなりたいです。だって命は、何物にも代えられない、かけがえのない、一つしかない大切な命なのだから。今もこれからも。