【佳作】障がい 大玉中学校3年 村上 穂乃花

障がい
大玉中学校3年 村上歩乃花
 
 障がいのある子。みなさんはこの言葉を聞いて、どんなイメージを持つだろうか。どのようなことを考えるだろうか。
 私は、この夏休みに一冊の本に出会った。その本は、「となりのしげちゃん」という本である。しげちゃんは三才。元気な男の子で保育園に通っている。しかし、しげちゃんにはみんなと少し違うところがあるのだ。自分から言葉を話すことができない。みんなに合わせて行動ができない。ダウン症というハンデを持っているのだ。しかし同じ保育園のあらたちゃんという女の子がいた。その子はしげちゃんが話せなくても、自分の気持ちが伝わらなくてもずっとしげちゃんと一緒に絵をかいたり、鬼ごっこをしたりしてくれたのだ。それがしげちゃんの初めての友達だった。時がたつにつれ、「あーちゃん」と名前を呼べるようになったり、会話も少しだけどできるようになったり、みんなと同じ行動ができるようになったのだ。
 ダウン症の人は、千人に一人程度の割合で生まれてくる。遺伝子の二十一番目の染色体がちょっとしたハプニングで人より一つ分多いことで、体や心の発達がゆっくりなのだそうだ。となりの家に引っこしてきたしげちゃんを最初はうまく話しかけられず、遠くから眺めていたあらたちゃん。少しずつ心を寄せていくうちに仲良くなり、しげちゃんはあらたちゃんの心の中でも「となりの」人になっていった。もし、ハンデのある人が自分のとなりの存在になったら私はあらたちゃんのようにハンデのある人を「となりの」存在にすることができるだろうか。見た目や行動で人を判断してしまう。そんなことはないだろうか。先入観でものを見やすいおとなたちに比べ、子どもたちは心にバリアを張らない。やわらかい心で「となりの」存在にすることができるのです。私も実際、ハンデのある人を「となりの」存在にすることはできないだろう。しかし、ハンデがあっても同じ人間で、ちゃんと心を持っている。
 ニュースを見ると毎日さまざまな事件、事故がある。その中でも今までに心に残っているニュースがある。それは、二〇一六年七月二十六日の相模原障害者施設殺傷事件だ。この事件では、施設入所者十九人が死亡、負傷者二十六人ととても悲惨な大量殺人事件であった。また、事件を起こした動機が、
「重度障害者は不幸をつくる。」
ということだった。
 この言葉を聞いて私はとてもショックだった。障がい者は不幸だなんてとてもひどいと思った。
 私はこの本やニュースから学んだ事件で障がいについて少し詳しく知れたと思う。障がいについて学び、考えると障がいというものは身近に存在していると分かった。例えばスーパーなどで障がい者マークのついている駐車スペース。それは入り口に近く、幅も通常の駐車スペースより広いため、足の不自由なお客様、車椅子のお客様も快適に利用してもらえるようにとお店の設けた配慮である。しかし、入り口に近いからといって健常者が平気で停めているのを見ないだろうか。これは本当に良いことなのだろうか。しかたがないから一般のスペースに停めてとても不便だった様子を何度か見たことがある。また、私は高校体験である駅に行った。そのときに、他の中学校の女子生徒が目の不自由な人を電車乗り場まで案内しているのを見かけた。
「すごいな。知らない、それに障がい者に自然と助けてあげられている。自分には絶対に出来ない。」
そう思ったのだ。それがきっかけとなり、私もできる限り自分から誰にでも助けられるような人になりたいと思った。困っている人を見つけたら、障がいがあるなしに関わらず手をさし伸べる。簡単そうに見えてきっと勇気のいることだろう。頭の中ではやろうと思っていても実際、行動としてあらわせることができるだろうか。
 障がいのある子。私のもつイメージはマイナスのことばかりであった。しかし、障がいについて学んだことで、ずっとマイナスのイメージではなくなった。障がい者も同じ人間。心を持っている。成長もする。そんな障がい者たちの心の支えになれるのは私たちだろう。電車で席を譲る、ドアを開けてあげる。困ってそうな人がいたら声をかける。少しずつの意識や行動を日ごろから積み重ねていくことで誰もが平等で明るい社会へとなっていくのではないか。そんな社会になることを私は願っている。