【優秀賞】 戦争をしてはいけない

大玉中学校 1年 神野藤 悠飛
 この間、テレビのニュースを見ていたら、来年で終戦七十年目を迎えることを知りました。
戦争のことは、学校の授業で習ったこととテレビで見たりしたことを覚えているぐらいで、詳しくは分かりません。ぼくの身近にも戦争に行った人はいません。でも、国と国の争いに武力を使って人を殺しあうという、とても怖いことなんだということは分かります。
 今は、日本では戦争が行われてはいませんが、世界のあちこちでは、自爆テロや航空機撃墜、空爆などの形で、命の奪い合いが行われていることを知りました。もし日本が他の国を攻撃し、日本がねらわれたらどうなるのか考えたら、とても怖くなりました。
終戦記念日の八月十五日、パラオという国での戦争の物語をテレビで見ました。それが人権を考えるきっかけとなりました。
 一九四一年一二月、日本は真珠湾を攻撃しました。これが太平洋戦争の始まりです。しかし翌年には、南の島々で敗戦が続きました。国に命をささげることが素晴らしい、大切な人がいるから戦う、仲間を信じ仲間と一緒に戦うなど、ぼくには難しいけれど、その時はそんなふうに本気で考えていた人がいたのだと思います。
 当時、人はなぜ争わなければいけなかったのでしょうか。ぼくには平和な世界になるように、早く何とかしたくて争っているように感じました。
 でも現実は、相手の国が悪い国と教え込まれ、戦い方や死に方を教育され、自由な考えや行動はとれない時代だったことを知り、とても恐ろしく感じました。また、両手をあげ降伏しても、銃で撃たれたところは、目をつむりたくなりました。
 ぼくは、戦争のない平和な日本に生まれ、今まで一度も命の危険を感じることなく生活してきました。しかし、世界中の人がみんな幸せに暮らしているわけではありません。毎日毎日、生きるために働いている子供もいます。その子供達は生きることだけで精いっぱいです。ぼくは、おいしいものを食べ、ふかふかの布団に寝て、親の愛情を受けながら毎日学校に行っています。テレビやゲームなどを自由に楽しみ、いろんな物を手に入れることができます。ぼくたちにとっては当たり前のようなことですが、今も世界中のどこかには、大人同士の戦いにおびえ、生きるために必死な子供たちもいます。戦争がなくても、幸せに暮らす人より、毎日生きることで精いっぱいな人の方が多いかもしれません。
 戦争はいけないことだということは、世界中の誰もが知っていることです。しかし、戦争をすることを望む人がいる限り、戦争はなくならないと思います。
 ぼくは、本当の戦争の怖さを知りません。原爆のこともそうです。当時日本は、原爆の大きな被害で戦争を止めました。日本は原爆を落とされた国として、戦争は絶対ダメだと主張していかなければなりません。
 世界中の国の人が、協力し仲よくなれば戦争なんてなくなると思います。ぼくはそんな日がいつか来てくれると信じて、戦争と平和についてもっと勉強したいと思います。
 お互いの命の大切さを考えることが、人権を守ることだと思います。「人権」を調べると、人権の意味はいくつもありますが、「生きる」ことが当たり前で、「生きる」権利を奪う戦争は大きな人権を無視したことなのはよく分かりました。
 終戦記念日には、毎年必ず戦争に関する番組がテレビで特集されるそうです。その視聴率が、今年はとても低かったので、戦争が忘れられているのではないか、とインターネットで見ました。戦争を体験した人も、みんな歳を取ってしまい、今その人達から聞いた話をドラマなどにしておかないと、僕の子供達のころには、何の記録も残らなくなってしまいます。できる限り、記録を残していってほしいと思います。
 これからの時代を、また戦争の時代にしてはいけません。そのためにも、一人ひとりが過去の戦争のことを知り、国同士のトラブルも戦争のような方法ではなく、平和に解決する方法を考えなければならないと思います。
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